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「孫氏」の始まり

「孫氏」の兵法の著者である、「孫武」は、

呉王の「闔閭(こうりょ)」に仕えました。

この「呉」という国は、皆さんご存知のとおり、「呉越同舟」の呉です。

闔閭の息子である、

「夫差(ふさ)」と越王の「句践(こうせん)」は、

中原の覇者を巡り熾烈に争いました。

この呉と越の関係性は、「呉越同舟」だけでなく、

「臥薪嘗胆」の故事の由来にもなっています。

詳細は割愛しますが、孫武を知るにはそうした時代背景が重要な要素となります。

この2つの言葉が表している、呉と越の強いライバル関係のせいで、

呉と越は結局、大国「楚」に呑み込まれてしまいました。

呉を当時の強国にまでのし上げたのは、間違いなく孫武の力が大きく作用しています。

「伍子胥(ごししょ)」という武将もいますが、今日は控えに回ってもらいます。

本来であれば、呉は越を早々に滅亡させ、楚を平定することができる実力も機会も十分に与えられていました。

しかし、孫武亡き後、夫差の代で呉は滅亡の道をたどっています。

こうした事実からも、「孫氏」の兵法の著者である孫武の実力のほどが垣間見れます。

孫氏の兵法の極意は、孫武自身がどうやって呉の武将となったのかを見てみると良く分かります。

伍子胥はまだ名の知られていない孫武を何度となく闔閭に推薦しました。

その推薦を何度も聞き流していた闔閭ですが、そこまで言うなら孫武を試してみようと孫武を呼びつけました。

呉王の闔閭は、孫武に対して、こう言います。

「そなたの兵法を知るためにはその実際を見ないと分からないからやってみよ」

この時闔閭は、まだ孫武のことを信用しておらず、孫武を嵌めるつもりで無理難題を言ったつもりです。

「それでは、宮中の女官達180人を借りて部隊を編成してみせます。さらに王様が一番愛している女性を隊長とさせてください」

「そなたに任せる」

孫武は、180人の女官たちに武器を持たせて王様が一番愛する隊長に号令をかけさせました。

しかし当然、女官たちはただただ笑うばかりで言うことを聞きません。

隊長も闔閭も笑っています。

そこで孫武は、隊長の命令を訊くことの大切さを何度も繰り返し説明しました。

そしてまた、隊長に号令をかけさせました。

ただの悪趣味な遊びとしか捉えていない女官たちは笑ったままです。

孫武は、

「行動を分からせるのは私の責任だが、分かっているのに動かないのは隊長の責任だ」と言い放ちます。

そういって、王様の一番愛している隊長の女性を斬ろうとしました。

当然、闔閭はすぐさま反応し孫武を止めようとします。

しかし孫武は、

「命じられたのは私です。王様の命令であっても将軍としては聞けないことがあります」

と言って、彼女を斬り殺しました。

孫武は最初から結末は見えていました。

ですから、隊長に王様の一番愛する女性を指名した時から覚悟を決めていたはずです。

これが、孫武という武将の根っこです。

要するに、王が将軍にいちいち口を出していれば、戦に勝つことはできないということです。

将軍が全権を握って好きに軍を操るという、今では当たり前のようになっている、

将軍の権威の確立を初めて行った人だともいえます。

この権威の確立が、孫武の孫武たるゆえんです。

しかし孫武は、将軍は主君と睦まじくあるべきだとも言っており、

互いに分かり合っている状態を作っていないと戦なんてできないという考えを提示しています。

孫武の異端さは、

儒学と関係なく成り立たせているところです。

孫武の書いた「孫氏」の兵法書は、

あらゆる全てのことを、ズバリと断定しきっていることに醍醐味があります。

これは儒教の影響を受けていないからで、

「勝ち」か「負け」か、だけに焦点を当て、

「勝つにはどうしたらよいか」という一点だけを見据えて論じています。

そのため、現代まで残されているほかの兵法書と違って、

どの分野でも起こり得る競争社会に応用できるものとして「孫氏の兵法」という言葉が一人歩きするほどまでになっています。

しかし、人生は誰が何と言おうとも、

どの時代であっても、

競争によって成り立っていることを認めなければなりません。

その競争に勝つための方法を、

孫武は、何度も言葉を変え、表現を変えて、繰り返し論じています。

孫武の言葉が強い意味を持つのは、

孫武が負け知らずで、人生を全うしたこととも関係がありそうです。

晩年は知られていませんが、少なくとも斬り殺されたという話は聞いたことありません。

負けた人間の言葉に説得力はありませんからね。

そういう意味でもやはり孫武の右に出るものは中々いません。

「孫氏」という本は、勝ち続けた人間が断言してモノを言っているので、

この上なく痛快で、すんなり受け入れることが出来るのだろうと思います。

負けたものが、いくらもっともらしいこと言っても、やはり敗者の弁、負け犬の遠吠えでしかないですから。

いつ読んでも面白い「孫氏」、

読んだ人の、環境や、置かれた状況に左右されることなく応用できるであろう「孫氏」・・・

「孫氏」について書いていると、止め時が難しいので、今日はこの辺にしておきます。

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  1. 2017/03/19(日) 15:00:00|
  2. 雑談
  3. | コメント:6
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コメント

この女官を斬り殺したエピソードはすごいですよねぇ
人は法で動かす、この徹底ぶり
今時だと捕らえろ、で終わっちまうんでしょうがね
ポチ
  1. 2017/03/19(日) 17:23:27 |
  2. URL |
  3. てかと #-
  4. [ 編集 ]

このエピソード、すごいですね。
勝つにはどうしたらよいかを考えてるのは、今の時代だと批判する人もいそうですけど
孫子の考え方、結構好きかも知れないです。
ポチッと押しときます。
  1. 2017/03/19(日) 21:55:00 |
  2. URL |
  3. kaja #-
  4. [ 編集 ]

てかとさんへ

コメントありがとうございます。

最初のインパクトが大切という教訓でもありますね。
先手を打って、カマスというやつですね。
今の時代でも実力者は先手を打って心を掴むことに長けている気がします。
その心の掴み方が、ただの恐怖ではなく、畏敬、畏怖、のような形で出来ているかどうかが上に立つものの器の大きさを端的に表しているような気がしますね。
  1. 2017/03/19(日) 22:08:47 |
  2. URL |
  3. 節約ドットコム #-
  4. [ 編集 ]

kajaさんへ

コメントありがとうございます。

日本も戦前までは孫氏を教養として学んでいたようです。
それが戦後になってだんだんと学校制度を整えていくうちに漢文の授業が少なくなっていったため、こうした教えを「否」と拒絶する人も多いような気がします。
でも実は明治維新を行ったリーダーのような人たちはこうした教えをふんだんに使って開国させるに至ったという事実を見逃してはいけませんよね。

論語の方はまだ教えても(これも今はほとんどないでしょうが)、孫氏は皆無でしょうからね。
私見ですが、孫氏を読み解くと、論語(儒学的なモノ)の正反対をいっているように感じるところもあります。
その点は、また頭を整理して書いてみますね、近いうちに(笑)
  1. 2017/03/19(日) 22:16:15 |
  2. URL |
  3. 節約ドットコム #-
  4. [ 編集 ]

こんなことがあったのですネ
いつも勉強になります

社会に出るとほんと競争世界
競争して共に強くなっていく
おお~~秦の6将ではないですか!!
  1. 2017/03/20(月) 18:49:44 |
  2. URL |
  3. 金柑頭 #-
  4. [ 編集 ]

金柑頭さんへ

コメントありがとうございます。

孫氏はしっかり読むとかなり強烈ですよ。
呉越が楚に吸収されて、西の秦vs南の楚となっていく感じですね。

キングダム順調に読み進めてますよ。
李信が主人公とは少々驚きでした(笑)
蒙恬の活躍のほうが記憶にあったというか。大翦の家系も無念なんですよね~。
まぁ、趙高辺りが悪いんですけど、
趙高もある意味偉人ですからね~
  1. 2017/03/20(月) 19:29:58 |
  2. URL |
  3. 節約ドットコム #-
  4. [ 編集 ]

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